御朱印集め

こんにちは。ゆうきせいらです。
ホームページリニューアルから10日経ちました。
おかげさまで多くの占いセッション依頼をいただき感謝しております。
その中でお客様からいくつかご質問を頂きましたので、今回「よくある質問」としてコンテンツにまとめました。ご確認いただければ幸いです。
私は今週いっぱい出張で西の方にお出かけしております。仕事メインですが空き日を活用して大好きな神社仏閣めぐりも楽しんでおります。

実は私は御朱印集めを趣味にしておりまして、御朱印帳も数冊に及びます。
パワースポットの写真も多数撮影していますので、正しいお参りの仕方も含め、皆さんにご紹介できることと思います。
このブログでは「せいらのパワスポ巡りパワーチャージ法」を気まぐれにアップしていきます。
こちらもよろしくお願いします。

さて、今回は「せいらのパワスポ巡りパワーチャージ法」第一弾として、
長崎県壱岐の島の『月讀神社』をご紹介します。『月讀神社』はツキヨミ神社と読みます。諸説ございますが一説によりますと日本神道発祥の神社と言われています。

御神徳は、
・生命の誕生(安産、健康、病気平癒)
・漁業の繁栄(航海安全、大漁)
・農業の誕生(自然界では旧暦の暦と共にある)
・商売繁盛
が特に有名です。
由緒ある神社ですが、とても小さいお社で、静かに佇んでいるような雰囲気です。
古事記によれば、イザナギの命が黄泉の国から帰られた時、筑紫の日向の橘の小戸の阿波岐原において、禊祓い(みそぎばらい)され、左目を洗われた時に天照大神、右目を洗われた時に月読命、鼻を洗われた時にスサノオがお生まれになったとあります。


この3柱の神を三貴神と呼び他の大神とは別格と記されており、
『月讀神社』では、月読命が祀られています。
また、『月讀神社』にあると言われる「月延べ石」にはこんな物語があります。

その昔、神功皇后が月神の教えにより神石を持って腹を撫で、無事に無事に男児(後の応神天皇)をお産みになったという。神功皇后の伝説と“月のもの”が延びるいうことから「月延べ石」と名づけられ、その石は今伊都の鎮懐石八幡宮と壱岐の月読神社にあると言われており、安産の御利益があるとされている

さらにこんな歴史もあります。

  • 顕宗天皇3年(487年)阿閉臣事代という官吏が、天皇の命を受けて朝鮮半島の任那に使いにでてその際に人に月の神が神がかりし、「土地を月の神に奉納せよ、そうすればよい事があろう」という託宣を受け、それを朝廷に奏したところ、朝廷は壱岐の県主の押見宿禰に命じて壱岐の月読神社から分霊させ、京都に祀らせた。
  • 舒明天皇二年、壱岐の公乙等を筑紫の伊都に遣わし神石を求め、一つを京都の月読神社に納めた。
  • 文武天皇大宝元年初めて行幸あり、神石をご覧になられ、壱岐古麻呂に命じて弊帛を奉納し神税を古麻呂に支払う

そして、宝亀33年、暴風雨で木や家が倒れた。これを占うと月読神の祟りであった、そこで忌部正美が奏じ、神島の大中臣清麻呂を山城・壱岐・伊勢にある月読神社に遣わして神の怒りを鎮めたそうです。
こうした由緒ある『月讀神社』を私は2019年6月2日に参拝し御朱印をいただきました。


こうした由緒ある『月讀神社』を私は2019年6月2日に参拝し御朱印をいただきました。

誰も居ない神社で、宮司様のお帰りを待ちましたがその日はお留守でいらしてお会いすることができず、残念でした。

この静かで神々しい神社をそっとしてあげて欲しい気持ちもするけれど、1500年以上とも言われる歴史のパワーを皆さんにもぜひ、実際に訪れて感じていただきたいと思います。生命の誕生に強いご縁のある神社ですから、きっと素晴らしいエネルギーを受け取ることができるはずです。

▼『月讀神社』オフィシャルホームページ
http://www.tsukiyomijinja.com/index.html

追記)ほんの少し前に壱岐で縄文祭というイベントがあり、1500人以上という人々が押し寄せたそうです。島民の方々はびっくりされたことでしょう。普段はこんなに静かな島ですから。

ゆうきせいら。